本日のテーマに入ります。
ある宇宙飛行士が、遠い遠い遥か銀河の彼方に旅に出ました。
そして、ある惑星に着陸すると、他の惑星と同様そこは岩石と砂だらけの不毛の土地で生命の痕跡を見ることはありませんでした。
何日か探検しているとある場所で信じられないものを発見したのです。
それは造花のバラでした。
そこで宇宙飛行士は、この造花のバラを造った知的生命体がこの惑星にいるはずだと、数か月、数年、数十年の間探しましたが、結局知的生命体と遭遇することは出来ませんでした。
ここで、皆さんに質問です。
このバラを造った知的生命体すなわち創造者などいるはずはなく、この惑星で何千万年、何億年の時の経過によって自然に存在するようになったと結論を出しますか?
もちろん、こんな結論を出す人は皆無のはずですネ。
しかし、この地球では、造花のバラよりも一層複雑な生花のバラが何千万年、何億年の時の経過によって「進化」によって自然に存在するようになったと考えている人達が残念ながら数多くいるのです。
聖書に啓示されている天地万物の創造主(神)を、私たち人間の眼で見ることは出来ません。
このブログを読んでいただいている方の中で、聖書には興味を持っていて神を見たら信じることが出来るけど、見たことがないので、まだ信じることができない、という方は、この見えない創造主(神)の御業の現われである(動植物の)被造物を見て、創造主(神)の存在に思いを巡らせてはどうでしょうか。
ノルウェーの神学校の教授だったオーレ・ハレスビー(1879年~1961年)は、著書「みことばの糧」の中で、この詩篇19:1に関して次のように書いています。
「人間が自然の中にも神を知ることができるようにと、神は創造のみわざの中に、神ご自身をあらわして下さいました。」
見ることの出来ない創造主(神)であっても、見ることのできる創造主(神)の御業である天地万物(被造物)を観察することにより、創造主(神)の存在を十分に信じることが出来ている今の私は、嘘偽りなく日々歓びを感じています。
キリスト者であった「万有引力の法則」を発見したアイザック・ニュートン(1642年~1727年)も自然の営み(天体・宇宙)を観察することによって創造主(神)の存在を認識した一人ですが、彼の著書「プリンキピア」で、彼が創造主(神)について述べている箇所を一部引用します。
「これらの物体(惑星および彗星)は、実にただ引力の法則のみによってその軌道を保っているのではあるが、これらの法則から、軌道の正規の位置を最初に自分で導きだし得たのでは決してなかった。・・・<一部省略>・・・このいとも美しい太陽、惑星、および彗星の体系は、智と力に満ちた存在者の計画からのみ生じうる。・・・<一部省略>・・・彼は永遠で無限、全能で全智である。すなわち、彼の持続は永遠から永遠にわたり、彼の存在は無限から無限に及ぶ。彼はすべての事物を支配し、およそ在るもの、また、なされうることを知る。・・・<一部省略>・・・至高の神が必然的に在すということは、すべてによって認められる。・・・<一部省略>・・・われわれは神の本質を知らない。われわれは彼を、彼のいとも賢く優れた事物の仕組みと究極因とによってのみ知る。」
1936年ニュートンの残した膨大な研究手稿集が競売にかけられ著名な経済学者ケインズ(1883年~1946年)がその半分を落札しました。
この手稿集の中には、「聖書に基づく歴史」に関するものが多数含まれていました。
そして、ケインズはこの手稿集を見てニュートンの「恐るべき秘密」を発見したと発言したというのです。
「恐るべき秘密」は、ニュートンが異端説の信奉者だというのです。
異端説とは「イエスは神ではなく、神の被造物にすぎない」というものです。
これはカトリックおよびプロテスタントともに信条としている「三位一体」を否定する神学です。
<「三位一体」について書いた下記の過去ブログを参照してください。>
何故、ニュートンは「三位一体」を否定する異端説を信奉していることを秘密にしていたのでしょうか。
このことについて東京大学名誉教授の渡辺正雄(1920年~)は、著書「科学者とキリスト教」で次のように書いています。
「ただ、残念に思われるのは、ニュートンの神学は三位一体の教義を認めない、正統的ではない神学であったということである。当時、もしもそのことが知られると、彼はケンブリッジ大学での教授の地位を追われることになったかもしれないし、50歳代の後半に就任した造幣局長官を免職されたかもしれない。そこでニュートンは、そういう異端的な神学思想を人々に知られないようにひたすら隠していたのである。」
因みに私は「異端」という言葉をあまり好ましく思っていません。
何故か、その理由については別の機会に当ブログで書く予定です。
アイザック・ニュートンをはじめ数多くの科学者も人間の眼で見ることのできない創造主(神)の存在を、天地万物(被造物)を観察することにより認めています。
一人でも多くの人が、一日も早く天地万物の創造主(神)の存在を確信し、主イエス・キリストへの信仰に導かれるよう、お祈りいたします。アーメン。
5月3日のブログ「一般啓示と特別啓示」を未読の方は、こちらもご覧いただけると幸いです。
https://bible-seisho.jimdo.com/
★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・天地万物の創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。