善悪の基準
人それぞれ各人が自分にとっての「善悪の基準」を持っています。他人から見れば「悪」の考えや行いであっても、その人の基準では「善」であったりするのです。
人それぞれ各人の善悪の基準が異なるのですから、この世界から争いがなくなることはないでしょう。
本来、物事の善悪を決定できるのは、被造物に過ぎない人間にあるのではなく神(創造主)の主権に属するものです。
人間アダムが禁断の「善悪の知識の木」を食べて、神(創造主)の主権を我がものにしようとしたことから人間の苦難の歴史が始まったのです。
人間アダムが禁断の「善悪の知識の木」を食べたことは神話や作り話ではなく、人類全体の将来を決定する極めて重要な歴史的大事件だったのです。
自分のことを善人だと思い込んでいる人でも神(創造主)の判断基準からすれば罪人であることに変わりはありません。
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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・天地万物の創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。