2本の木とロボット
神は、エデンの園の中央に「命の木」と「善悪の知識の木」の2本の木を生やしました。
神は「善悪の知識の木」を食べることを禁じ、「命の木」を食べることをおそれました。
因みに、「禁」という字がありますが、2本の木に示すと書かれていますね。
アダムとエバが、善悪の知識の木を食べてエデンの園を追われてしまったことをキリスト教徒でなくても多くの人が知っています。
人によっては、この木がリンゴの木だと思っているようですが、聖書にはどのように書かれているのでしょうか。
下の写真(聖書抜粋)の赤点線を順番に読んで見て下さい。
どうでしたか。リンゴだとはどこにも書いていませんよね。
エバは、蛇によって「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存知なのだ。」と誘惑されて善悪の知識の木の果実をアダムと一緒に食べてしまいますが、全知全能の神の意志に反して「善悪の知識の木」を食べたことは、最も罪深いことだとして、キリスト教は「原罪」と考えているわけです。
このエバを誘惑した蛇をキリスト教ではサタン(悪魔)と捉えています。
そもそも、神は、食べることを禁じるぐらいなら善悪の知識の木を生やさなければよかったじゃないか。
なぜ、蛇が出てきて喋ることが出来るのかとか、疑問が沢山出てきますよね。
突然ですが、聖書に出てくる「善悪の知識の木」と「命の木」の、何故を考えるとき、アイザック・アシモフの「アイ・ロボット」(角川文庫版)の「ロボット工学の3原則」を思い出します。
<第一原則>ロボットは人間に危害を加えてはならない。あるいは、なにも行動を起こさずに、人間に危害がおよぶのを見過ごしてはならない。
<第二原則>ロボットは人間の命令に従わなければならない。ただし、その命令が第一原則に違反する場合は例外とする。
<第三原則>ロボットはみずからの存在を守らなければならない。ただし、それは第一原則および第二原則に違反しない場合にかぎる。
私たちが創造するロボットは、私たち人間の利益になる存在として創造されるのでしょう。
ロボットは人間のあくまで僕(しもべ)として人間の命令に服従しなければならず、ロボット自身には自由意志はありません。
私が確信する創造主である神は、「神は愛」です。
神は、人間をロボットのように無条件に神の命令のみを聞くものとして、他の動物のように本能だけで行動するものとして創造したのではなく、自由意志を持つ者として創造してくれたのではないのでしょうか。
この「自由意志」を考えたとき、「善悪の知識の木」の存在の意味があるように私には感じられます。
私の中では説明がついていますが、突っ込みどころ満載で「信じられない」と、つい、言ってしまいたくなりますよね。
しかし、荒唐無稽の神話だと片付けるには、あまりにも奥が深過ぎると思います。
まだまだ、この部分について語りたいことは山ほどありますが、サタンのことについても、別の機会に譲りたいと思います・・・・・
★私は、キリスト教、イスラム教、仏教など、そして、あらゆる新興宗教のいずれの信者ではありません。そして、星占い、手相占いやオカルト的なものは信じていません。
ただ、創造主である唯一神の存在を確信する者であり、イエスの語った言葉を支持する者です。宜しくお願いします★
★当ブログは、無神論者、進化論者、各種宗教や星占い、オカルト的なものを信じている方々を決して批判・批評することを目的としているものではありません。還暦を迎えたオヤジが独り言を言っているに過ぎません。神の存在、イエス・キリストの存在及び残した言葉や各種宗教について議論するつもりもありません。予めご了承下さい。ただ、何かをチョッピリ感じてもらえるものがあれば、幸いです★
・・・星周作(1956年生まれ)・・・
「世界が偶然できたというのはナンセンス「神が存在すると信ずるのは筋が通っている」・・・2014年3月米ローリングストーン誌のインタビューに答えて