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星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

ののしられても、ののしり返さず・・

 

新約聖書ペテロへの手紙第一2:22~24
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新約聖書ルカによる福音書23:32~34
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ののしられても、ののしり返さなかった、苦しめられても、おどすこともしなかったイエス・キリスト、一度も罪を犯すことがなかったイエス・キリストが、「何故」十字架に処せられなければならなかったのでしょうか。

 

何故イエス・キリストの十字架がわたしたち人間の罪の贖い(あがない)になるのでしょうか。

 

この大いなる疑問が、私の聖書探究の一つであったような気がします。

この疑問が解き明かされた時に、私の目が開かれ、そして、現在に至っているような気がします。

 

盲目的に信じるのではなく、誰かから(〇〇教の教祖など)のマインドコントロールによるのではなく、あなた自身の真理を知りたいという欲求の発露により、聖書を学び探究して、答えを見いだしていただきたいと思います。


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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

苦しみや悲しみのときの出会い

「世には、聖書には全く無関心で一生を終える人も少なくない。

だがどんな人であっても、一生に一度や二度、必ず、『ああ神よ』と叫び、『一体どうしたらいいのだろう』と、うめくような悲しみや苦しみにあうことがあるのではないか。

もし、そうしたときに、その人が聖書を知っていたならば、その苦しみや悲しみは、その人にとって、単なる苦しみに終わらず、もっと別の意味を持つかもしれないのである。

私自身、聖書を知らなかったときの自分と、知ってからの自分とを比較して、そう思うのである。

私は13年間もの長い病気もした。肉親や恋人の死にもあった。

人間関係の悩みにもあった。だが、聖書を知ってからのそうした悲しみや苦しみは、以前の悲しみや苦しみとは全く別の意味を持つようになった。

私は、聖書を一度も手にしたことのない人、読んでみたいが、むずかしそうで読めないと思っている人、そうした人たちと一緒に、新約聖書の世界について、つとめて平易に語り合いたいと思って、稿を起こした。私にとっても、聖書はむずかしい本であっただけに、そうした人たちの気持ちがわかるからである。・・・」三浦綾子著「新約聖書入門・まえがき」より

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

誇れる者は誰一人いない

新約聖書ペテロの手紙第一5:5
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新約聖書コリント人への第一の手紙1:27-29
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旧約聖書箴言3:7
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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

 

 

わたしたちのからだは〇〇の宮

「全身全霊」という言葉がありますね。

お相撲さんが全身全霊で夏場所にのぞむと言ったり、一般人も仕事に全身全霊を注ぐなどと言ったりもします。

ただ、言っている本人は、自分自身に霊が宿っていると思って言っているのではなく、「全精力を注ぐ」というような意味あいで言っていることがほとんどだと思います。

 

話は変わりますが、ある建物があると仮定します。

その建物の最深部に神が座しておられます。

この建物は神殿(宮)ですが、神殿(宮)を汚すことは誰でも恐れることでしょう(例外者もいますが・・・)。

 

新約聖書コリント人への第一の手紙6:18~19に次の聖句があります。

 

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この聖霊は、テレビ番組などで放送される得体の知れないあやしげな霊ではありません。

万物、人間を創造した神の賜物である「聖霊」です。

 

聖霊の宮(神殿)であるからだを不品行で汚してはなりません。

 

この「聖霊」の働きについては、いつの日か詳しく語りたいと思っています。

 

関心のある方は、聖書を学ぶことによって、この「聖霊」とは何であるか、答えを見つけてみてはどうでしょうか。

 

聖書が記しているように「聖霊」は実在します。

 

 

★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

偽りを言う舌・・・まばたきの間だけ

 

旧約聖書箴言12:18~21 
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聖書(真実を言うくちびる)は、旧約聖書の著者が記したように、2000年以上の時を経過してもいつまでも保たれ、わたしたちの手元に届けられています。

聖書が偽りを言う舌(書物)であれば、とうの昔に廃れたことでしょう。

 

ほんの少しでも聖書に興味を持ち始めた方は、まず、手始めに旧約聖書の「箴言」を読んでみたらどうでしょうか。

聖書は便宜的に「〇章」「〇節」と区切りを付けていますが、「箴言」は31章に区切られていて、1日1章を読んでいけば、1箇月で読み終えることができます。

 

作家の三浦綾子さんは「旧約聖書入門」の中で、次のように言っています。

「わたしは、聖書はむずかしいとか、旧約聖書は苦手だと思いこんでいる人には、『じゃ、箴言をお読みなさい』ということにしている」

 

神を信じる、信じないは別にして、わたしたちの心に残る言葉が数多くあり、皆さんにとって日常生活の中でも生かせる言葉に出会えるかもしれません。

 

最初から聖書を購入して読む必要はないのではないでしょうか。

気軽に手にすることが肝心だと思います。

まずは、公立図書館を利用されることをお勧めします。

また、図書館に行けば、聖書自体ではなく、聖書関連の本もたくさんあるので、あなたの求めていた本に出会えるかもしれません。


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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

愚かな方法

まだ、神を知らなかった時、聖書に見向きもしなかった時、おぼろげながら「神様が自分に現れてくれたらいいのになあ、キリスト教でも何でも信じるのになあ」と思っていた頃があったような気がします。

数多くの方が、今なお、このように思っているのかもしれません。

聖書を学び始めた頃、新約聖書コリント人への第一の手紙1:21の聖句を初めて見た時は、目からウロコでした。

熱心にキリスト教を宣教して来た外国人宣教師や現在進行形で宣教しているキリスト者(クリスチャン)の行動が理解できる聖句との出会いでした。

 

新約聖書コリント人への第一の手紙1:21
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一見愚かしくもある方法(宣教)ですが、宣教によって神の福音を受ける側の受け手にとって福音を信じることができれば、この上のない喜びであり救いですが、宣教する側も宣教するには、まず自分自身が聖書の学びを日々充分行い、聖書の教えを行動として示さなければ説得力をもちません。

宣教者自身も宣教を通じてキリスト者(クリスチャン)として成長することになるのです。

 

宣教は愚かな方法ではなく、理に適っているのですね。

 

神の知恵は計り知れません。

 

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・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

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自然の中に見いだす

誰しも、山登り、ハイキング、あるいは散歩の際に、自然の美しさや偉大さを感じたことがあるでしょう。

自然に畏敬の念を持つ方も数多くいるようですね。

その一方で、日毎の糧を得るためにビジネスに忙殺され、自然の中に身を置き自然を肌で感じる余裕すらない人が数多くいるのも現実です。

 

旧約聖書の記者は次のように語っています。

 

旧約聖書詩篇19:1

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人間が自然の中にも神を知ることができるようにと、神は創造の御業(みわざ)の中に、神ご自身をあらわして下さいました。

自然、動物、植物の万物を観察することによって神を発見することができます。

 

雪の結晶ひとつとっても神の御業に感心せざるを得ない
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神の創造の御業の一つである人間にも神ご自身をあらわして下さっているのです。

 

万物創造の神を知るためには、イエスを知る必要があります。

わたし(イエス)を見た者は、父(神)を見たのです。

 

新約聖書ヨハネによる福音書14:9
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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「○○神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

☆星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室☆

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