星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

ベン・ハー

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私が映画ベン・ハーを見たのはいつ頃だったのでしょうか、確か小学校の高学年か中学生の時だったように記憶しているので、今から約50年前ということになります。

田舎町の映画館のスクリーンで見たクライマックスの戦車の競争シーンの大迫力に圧倒されたことが忘れられません。

今でもユーチューブで戦車の競争シーンを視ることがありますが、CGのない時代によくもこれだけのものが創れたものだと感心せずにはいられません。

 

長い間、映画ベン・ハーには原作本があることを知らず、その著者ルー・ウォーレスのことも知りませんでした。

このルー・ウォーレス(1827年~1905年)はアメリカの著述家、弁護士、州知事南北戦争北軍将軍でもあった人ですが、筋金入りの無神論者でした。

聖書は嘘偽りのデッチ上げの書であることを証明するために数年の歳月を費やして、あらゆる文献を調べ上げていくうちに、聖書が真実の書であると確信するに至り、彼自身が主イエス・キリストを信じるキリスト者となりました。

そして、ローマ帝国支配時代のユダヤベン・ハーの数奇な半生とイエス・キリストの生涯を交差させて描いた小説「ベン・ハー(副題:キリストの生涯)」を書き上げたのです。

発売当時アメリカで大ベストセラーとなり発行部数がマーガレット・ミッチェル著の「風と共に去りぬ」に抜かれるまでベスト・ワンであり続けたということです。

 

過去のブログでも引用した本の「ナザレのイエスは神の子か?」の著者リー・ストベルはアメリカの著名なジャーナリストであり無神論者であったのですが、ある時彼は妻からクリスチャンになったことを告白され、まるでマルチ商法の被害者になったような気分になったそうです。

しかし彼は妻がクリスチャンになったことにただ反対するのではなく、聖書が信じるに値するものであるかどうかをジャーナリストの視点から綿密な調査を開始したのです。

その結果彼自身もルー・ウォーレスと同様に聖書が真実の書であることを受け入れることとなり主イエス・キリストを信じるキリスト者となったのです。

 

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聖書と真正面に向き合って調べれば調べる程、聖書の記事が疑わしくなってくるのではなく、聖書が真実の書であることが明らかになってくるのです。

 

ナザレのイエスは神の子か?」の最後のページを引用します。

ケンブリッジ大学の教授だったC・S・ルイス(ナルニア国物語の著者)は、頭脳明晰な人物として有名だった。かつてはキリスト教を疑っていたルイスも、イエスに関する証拠を前に、最終的にはクリスチャンとなっている。最後に彼の言葉をここに記して、この旅の記録に幕を閉じたいと思う。『わたしがこんなことを申し上げるのは、だれにせよ、キリストについてばかげたことを言うのはやめてもらいたいからである。ばかげたこととは、ほかでもない、世間の人びとがよく口にする次のセリフである、『わたしはイエスを偉大な道徳的教師としてなら、よろこんで受け入れるが、自分は神だという彼の主張を受け入れるわけにはいかない』。こういうことだけは言ってはならないのだ。単なる人間にすぎない者が、イエスが言ったようなことを言ったとしてら、そんな者は偉大な道徳的教師どころではない。彼は精神異常者かさもなければ、地獄の悪魔か、そのいずれかであろう。ここであなたがたは、どっちを取るか決断しなければならない。この男は神の子であったし、今もそうだ、と考えるか、さもなくば、狂人もしくはもっと悪質なもの、と考えるか。彼を白痴として監禁し、これにつばをはきかけ、悪鬼として打ち殺すか、さもなければ、彼の前にひれ伏して、これを主また神と呼ぶか。そのどちらを選ぶかは、あなたがたの自由である。しかし、彼を偉大な教師たる人間などと考えるおためごかしのナンセンスだけはやめようではないか。彼は、そんなふうに考える自由をわれわれに与えてはいないのだ。そんな考え方は、もともと彼の意図に含まれていなかったのである。』

 

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月17日(火)にアップします。      

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https://bible-seisho.jimdo.com/



★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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アブラハム契約(最終回)

前回の続き。

本日のテーマに入る前に次のことをもう一度確認して置きたいと思います。

聖書を学び始めてしばらくユダヤ人は全てユダヤ教徒だと考えていた時期がありますが、当然これは大間違いであって、イエスの弟子のマタイ、ペテロ、ヨハネなどの12使徒パウロがそもそもユダヤ人であり、そしてユダヤ教から改宗してキリスト者になったメシアニック・ジューと呼ばれる人たちが増えているわけですから、ユダヤ人がすべてユダヤ教徒などと考えていたことは勘違いも甚だしいものでした。

つまり、ユダヤ人の中には、イエスを救い主(メシア)と信じていない人たちと、信じている人たちがいるということです。

 

次の聖書箇所をご覧ください。

マタイの福音書23:37~39

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詩篇118:26

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マタイの福音書23章はイエスが弟子、ユダヤ人群衆、偽善の律法学者、パリサイ人に語っている箇所ですが、39節の「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」は詩篇118:26からの引用であり、「主の御名によって来られる方」とは救い主(メシア)のことを指しているのですが、ユダヤ人の多くがイエスを救い主(メシア)と認める時が来れば、イエスが再度地上に現われて見ることができるようになると言っているのです。

 

つまり、十字架にかけられて死んだキリストが3日後に復活して、その後天に昇っているキリストが地上に再臨してはじめて神の国千年王国)が実現するのです。

キリストの地上再臨によって神の王国が実現される条件は、ユダヤ人がキリストを救い主(メシア)と認めて「祝福あれ、主の御名によって来られる方」と祈る時なのです。

キリストの地上再臨の前には人類が一度も経験したことのない7年間の患難期があり、この患難期の前に携挙(けいきょ・空中再臨)があります。

 

携挙、患難期、再臨については本年1月5日及び1月6日のブログ「復活と永遠のいのち(パートⅤ・パートⅥ)」で書いていますので、未読の方はこちらもご覧ください。
hoshishusaku.hatenablog.com

 

hoshishusaku.hatenablog.com

 

続いて前回見ていただいた出エジプト記19:6を再度ご覧ください。

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イスラエル人ないしユダヤ人は「祭司の王国」として人類全体の代表者として、つまり創造主(神)と人間を結び付ける役割の仲介者であるのですが、パウロはローマ人への手紙の中でイスラエル人について次のように書いています。

ローマ人への手紙11:11

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イスラエル人ないしユダヤ人が「つまづいた」とは、イエスを救い主(メシア)と認めることが出来ず十字架にかけてしまったことなのですが、このことがかえって異邦人に主イエス・キリストの福音が宣べ伝えられることになり、異邦人が救いにあずかることができる道が開かれたのです。

そして、救われた異邦人を見てイスラエル人に「ねたみ」のこころが芽生え羨ましくなり、イエスを救い主(メシア)と信じていない人たちもイエスを救い主(メシア)として受け入れる時が来るとパウロは語っているのです。

 

冒頭で引用したマタイの福音書23:39「『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』とあなた方が言う・・・」とイエスが語ったように、今現在ユダヤ教から改宗してキリスト教徒になり、まさに『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』と祈るユダヤ人(メシアニック・ジュー)が増えつつあるのです。

 

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次回は7月15日(日)にアップします。      

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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アブラハム契約(その③)

私が月2回通っている木彫教室で、今まで4本の彫刻刀を購入し、この4本を使って彫っているのですが、カリキュラムが進むにしたがって作品によって必要となる彫刻刀が今の4本では足らなくなります。

そこで、その都度その時に必要となる彫刻刀を順次購入するつもりでしたが、木彫教室のカリキュラムとは別に彫りたいものがあるので、先週まとめて彫刻刀を購入しました。

 

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すでに購入していた4本を含めて全部で17本あります、これら以外にも特殊な彫刻刀があるようですが、取り敢えずこの17本があれば困ることはないようです。

 

下の画像のペンダントは歌舞伎の隈取りですが、木材を糸ノコで楕円に切っただけで彫ることなく塗っただけなので2時間から3時間で完成しました。

表裏色違いの隈取りをしてみました。

それから、革紐の先にはナスカンを付けたので、ペンダントトップ(ペンダントの先端の飾り部分)だけ交換できるようにしました。

 ただ、ナスカンがちょっと大きいようなので小さいものを購入予定です。

 

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さて、前回の続きに入ります。

 

「『創造主(神)はユダヤ人を祝福する者を祝福するが、ユダヤ人をのろう者をのろう』(創世記12:3)と言ったけれど、当のユダヤ人の多くはユダヤ教徒イエス・キリストを救い主(メシア)と認めていないじゃないか。何故そんなユダヤ人を創造主(神)はえこひいきするのか。」という声が聞こえてきそうです。

 

ユダヤ人は、そもそも創造主(神)にとってどんな存在なのでしょうか。

 

ユダヤ人の選民思想というものがありますが、ユダヤ人は世界のどの民族よりも優秀だから創造主(神)から特別の民族として選ばれたのでしょうか。

 

聖書には次のように書かれています。

出エジプト記19:1~6をご覧ください。

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この箇所は、エジプトで奴隷として虐げられていたイスラエル人がモーセの導きによってエジプトから脱出した際に、創造主(神)がモーセに語られたものです。

注目して欲しいのは、6節にあるように創造主(神)はイスラエル人ひいてはユダヤ人を「祭司の王国、聖なる国民」とすると語っていることです。

 

新改訳聖書の注解書では「祭司の王国」について次のように解説しています。

「神に直接仕えるすべてのイスラエル人は祭司である。またイスラエルは真の神の御旨を全世界に伝え、(イスラエル人以外の)異邦人を神に導く仲立ちとなる使命を負わされている。」

 

ところで、創造主(神)は天地万物を無秩序に創造されたのではなく、秩序を持って組織的に活動するものとして創造されました。つまり、創造主(神)は秩序ある組織を重要視しておられるようです。

因みに、マタイの福音書26:53ではイエスが「わたしが父にお願いして、十二軍団より多くの御使いを、今わたしの配下においていただくことができないとでも思うのですか。」と語ったことが記されていますが、天に御使い(天使)の組織があることがわかります。

組織が秩序を持って行動するためには、その組織の代表者(リーダー)が必要になってきます。

鳥が群れを成して飛ぶ姿を眺めていると、代表者(リーダー)の鳥が先頭にいて他の鳥を導いて一つの組織として飛んでいることを認めることができます。

他の動物世界でも、一匹一頭が勝手気ままに生きているのではなく、代表者のもとに組織的に生きている大小様々なコミュニティがあることが確認できます。

このことは人間社会にあっても同様です。

そして、組織内の構成員は役割に応じた能力が授けられていますが、この能力は決して構成員の優劣を示すものではなく、組織が秩序をもって機能するためのものです。

 

創造主(神)はユダヤ人を特に優秀だから「えこひいき」して選んだのではなく、人類という組織の代表者として、つまり創造主(神)と人間を結び付ける役割の仲介者となる祭司として選び出したのです。

 

アーノルド・フルクテンバウムは、「祭司の王国、聖なる国民」について次のように書いています。

イスラエルの『聖なる民』としての立場は、神の選びによる。そして、その選びの目的は、イスラエルを『祭司の王国』にすることであった。イスラエルにはレビ族(イスラエル十二部族の中の一部族)という祭司の部族がいたが、イスラエル民族全体も祭司となるように召されていたのである。祭司の役割は、人を代表して神と向き合うことである。レビ族は、神の御前でイスラエルを代表した。そして、イスラエルの役割は、神の御前で諸国民(異邦人諸国)を代表することにあった。これが、おそらくイスラエルが選ばれた最大の理由であろう。

 

本日はここまでです。

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月12日(木)にアップします。      

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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アブラハム契約(その②)

前回見ていただいた聖書箇所の創世記12:1~3を再度表示します。

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3節の「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。」という創造主(神)のことばに特に注目してください。

創造主(神)は、アブラハムはもちろん子孫のイスラエル人、ユダヤ人を祝福する者を祝福するが、反対にのろう者を創造主(神)はのろうと言われています。

簡単に書けば、創造主(神)はイスラエルユダヤを支持する人や国を祝福するが、反ユダヤの立場をとる人や国を創造主(神)はのろうと言われているのです。

 

歴史的にユダヤ人は幾度となく迫害されてきました。

ヒトラーによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)やロシアによるユダヤ人迫害(ポグロム)がありますが、逆にアメリカは多くのユダヤ移民を受け入れ、そして、イスラエル国家を支持しています。

パックス・アメリカーナと呼ばれたこともあるアメリカの繁栄はアブラハム契約が記されている創世記12:3「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、・・・・・」の成就だと考えるキリスト者が多くいます。

 

皆さんはどうのように考えますか。

 

前回のブログでも書きましたが、再度書きます。

創造主(神)の口から出た言葉ほど重いものはなく、必ずや成就します。

 

メシアニック・ジュー(ユダヤ人のキリスト者)のアーノルド・フルクテンバウムは創世記12:3「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。」が成就したいくつかの例を著書に書いていますが、その一部だけを引用します。少し長くなりますがご辛抱ください。

無敵艦隊を擁するスペイン帝国は当時、世界中に版図を広げていた。ブラジルを除くすべての南米諸国がスペイン語を話すという事実を見れば、かつてのスペイン帝国の勢いを垣間見ることができる。スペインは経済が強かったために、その分野でも強かった。コロンブスアメリカ大陸を目指して出帆した1492年に、スペインは国内のユダヤ人全員に国外追放令を出した。この追放令で、スペインはつまずいた。それは、ユダヤ人追放時に、その中にいた学者や医者、銀行家も追放することになったからである。そして、スペイン経済の凋落が始まった。結局、スペインの力の源であった無敵艦隊も、英国との戦いで全滅した。しかも、艦隊の大半は、英国海軍との戦闘ではなく、嵐によって海の藻屑と消えたのである。アブラハム契約の成就である。ユダヤ人を追放したスペインは、西半球に持っていた植民地からことごとく追い出されてしまった。スペインに関連して、アブラハム契約の祝福が成就した例にも言及しておこう。スペインのイザベル女王が、みずからの宝石を売ってコロンブスに3隻の船を買い与えたという逸話があるが、歴史家の調査でそれは事実と異なることがわかった。コロンブスに3隻の船を買い与えたのは、イザベル女王の宝石(Jewel)ではなくユダヤ人(Jew)であった。歴史的事実は、ユダヤ人銀行家の二家族がこの船を購入したことを教えている。この3隻には、追放令でスペインを出るユダヤ人が多数乗船していた。コロンブスの日記によると、最初に陸地を発見したのは見張台に座っていたユダヤ人であった。また、これもコロンブスの日記に書かれていることであるが、最初に船を下りて陸地に上がったのがコロンブスの通訳でスペイン系ユダヤ人のルイス・ド・トーレスという人であった。ヨーロッパが次第にユダヤ人に門戸を閉ざしていく一方で、新たに発見された新世界が、後に迫害を逃れて世界中からやってくるユダヤ人の最大の受け入れ国、アメリカ合衆国となるのである。アメリカ合衆国が今日のような祝福を受けるのは、アブラハム契約の祝福のゆえである。」

 

イスラエルユダヤ人に注目してください。

 

ただ、ある人たちは次のように主張するでしょう。

イスラエルパレスチナの地を力で奪い取り、多くのパレスチナ難民が生まれたじゃないか、そんな非道なことをしたイスラエルなんか支持(祝福)することなんかできない!」

しかし、この主張は真実でしょうか。

本当にイスラエルパレスチナの地を力で奪い取ったのでしょうか。

世の中には誤った情報がさも真実であるかのようにまかり通ることがあります。

 

19世紀末、ロシアのユダヤ人迫害(ポグロム)をきっかけにユダヤ人のパレスチナ入植が始まったのですが、この入植は不在地主(その地に住んでいない地主のこと)から正式な土地の売買契約によって取得したのです。

これらのことについては別の機会にブログアップするつもりです。

 

12章3節後半の「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」と創造主が語られたように、私たち日本民族アブラハムとその子孫のイスラエル人、ユダヤ人によって、主イエス・キリストを信じる信仰によって祝福されるのです。

 

聖書に記されていることは「真理」です。

聖書に記されていることは「神のことば」です。

必ず成就します。

 

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月10日(火)にアップします。      

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

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<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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アブラハム契約(その①)

本日は聖書に記されているアブラハム契約を検討しますが、その前に契約の基礎的なことをまず確認したいと思います。

契約を別の言い方をすれば約束を交わすということですね。

例えば、本日7月5日にAが中古のパソコンを1万円で売ると言うとBが買うと言いましたが、代金の支払いとパソコンの引き渡しは7月20日にすると口約束しました。

法律上は契約書を作成しない口約束であっても、7月5日に売買契約は成立し、買主のBは代金支払いの債務(義務)を負い、売主のAはパソコンの引き渡しの債務(義務)を負うことになります。

 

今度はAはパソコンを1万円で売るのではなく、Bさんに次のように言ったと仮定します。

「今週末の土曜日に食事に付き合ってくれたら7月20日にパソコンを無償(タダ)であげる。」

もちろん、Bはこの申し出を承諾しました。

この時、AとBとの間でパソコンの贈与契約が成立したことになります。ただ、「食事に付き合ってくれたら」という「条件」が付いていることに注目してください。特に何も条件が付いていなければ、無条件の(贈与)契約となり、贈与者のAだけがパソコンを引き渡す債務(義務)を負うことになります。

 

前置きが少し長くなってしまいました。

それでは、アブラハム契約と呼ばれるもののポイントを確認したいと思います。

次の聖書箇所をご覧ください。

創世記12:1~3

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創世記17:1~12

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誰でも、初めて聖書を手にして聖書を学ぶ前からアブラハムという名前だけはどこかで聞いたことがあったのではないでしょうか。

ただ、アブラハムは創造主(神)から授けられた名前であって、以前はアブラムであったことが17章5節でわかります。

アブラハム契約が成立したしるし(証し)が割礼ですが、ノアの時代にあった洪水後に創造主(神)とノアとの間で交わされた契約、いわゆるノア契約のしるしが「虹」なのです(創世記9:11~17)。

 

創造主(神)とアブラハムとの契約内容の主要な要素は以下の三つです。

(1)土地(カナン)を与える。

(2)子孫がふやされる。

(3)アブラハム及び子孫が祝福される。

 

アブラハムにはイサクが生まれ、イサクにはヤコブが生まれ、このヤコブには創造主(神)よりイスラエルという名前が授けられ(創世記35:10)、ヤコブの子孫がイスラエルの民となり、ユダヤ人ともなっていくことになります。

なお、イスラエル人とユダヤ人については近日中にブログアップする予定です。

 

人間社会で結ばれる各種の契約は、前置きで書いた売買契約のように契約当事者の双方が債務(義務)を負うことや、条件付き贈与契約のように一定の条件が付くことがありますが、アブラハム契約は上記の三つの要素でわかるように、おもに、創造主(神)が債務(義務)を負い、何ら条件の付かない無条件契約であるところが特徴です。

したがって、イスラエルの民が幾度となく偶像崇拝をするなど、創造主(神)に背くことがあっても、「代々にわたる永遠の契約」と17章7節に記されているようにアブラハム契約は21世紀のこの現代にあっても未だに有効であり続けているのです。

ですから、ヒトラーによるユダヤ人虐殺など歴史上ユダヤ人は幾度となく民族消滅の危機にありましたが、その危機を乗り越えてユダヤ人は増え世界各国で多くのユダヤ人が活躍してもいるのです。

 

突然ですが、ここで質問です。

創造主(神)は約束(契約)を何かの都合で破ることはあるでしょうか。

イザヤ書55:11をご覧ください。

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過去のブログで折に触れて書いて来ましたが、創造主(神)の口から出た言葉ほど重いものはなく、必ずや成就します。

 

約束の地カナンは今ではパレスチナと呼ばれていて、歴史上争いの地となっていますが、聖書的には必ずイスラエルの地となります。

何故なら、創造主(神)がそのように約束されたからです。

 

ここで、もう一つ質問をさせてください。

今から約400年前の1603年に江戸幕府を創設した徳川家康のことを知らない日本人は小学生以下の幼児を除いて、まずいないでしょう。

しかし、他国の全世界の人で徳川家康を知っている人がどれ程いるでしょうか。

聞くだけ野暮ですね。

一般の外国人はサムライに興味を持つことがあっても徳川家康に興味を持つことはなく、日本史を研究している学生や学者だけでしょう。。

 

それでは、4000年以上前の人アブラハムを知っている人は全世界でどれ程いるでしょうか?

常識的に考えて4000年前の人間のことが忘れ去られることなく世界中の人の記憶の中に生き続けるなどということが考えられるでしょうか。

 

しかし、まず間違いなくアブラハムを知っている人たちが全世界にいます。

世界各地にいるキリスト教徒、ユダヤ教徒イスラム教徒ですね。

天地万物の創造主(神)を信じていない人であっても、聖書をほんの少しだけ読んだことがある人であればアブラハムのことを知っているはずです。

 

ここで私が言いたいのは、12章2節の「あなたの名を大いなるものとしよう。」と約束した創造主(神)のことばが、間違いなく、アブラハムの名が全世界の人間の記憶の中に生き続けているというかたちで、すでに成就しているという現実です。

 

済みません。本日はここまでです。

アブラハム契約は聖書に書かれた文字上の単なる契約ではなく、生きた契約として過去から現在に至るまで有効に働き、世界がこのアブラハム契約の法則に基づき動いている、と私は確信しています。

ユダヤ人の歴史に興味を持って世界史を学べばアブラハム契約の内容が見えてくるはずです。

次回もこのアブラハム契約の内容を検討したいと思います。

 

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月8日(日)にアップします。     

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https://bible-seisho.jimdo.com/



★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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当たり前のことなど何一つない

非常に残念でした、サッカー日本代表、ベルギーに敗れてしまいました。

熱烈なサッカーファンというわけでもなく、毎日夜9時頃までには就寝しているので、予選リーグの日本戦さえもリアルタイムで視ることはなく、試合結果だけをニュースで知るだけでした。

ただ、毎日起床する時間が午前2時から3時頃で、今日も午前2時57分に目が覚めたので、午前3時から始まった決勝トーナメントのベルギー戦をリアルタイムで視ることができました。

俄かファンですらない私ですが、日本に勝って欲しいという気持ちだけは当然あったので、勝利を願ってサッカーのペンダント(下の画像)を作ってみました。

また、木彫りを始めたのがサッカー・ワールドカップの開催された2018年だったことを先々思い出すために、このペンダントを作ることを思い立ったのです。

 
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↑ 下書きの絵


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↑ 少し大きめのペンダントですが、敢えて大きめにしました。

 

木彫教室は月2回で、教室で先生からアドバイスを受け、あとは自宅で黙々と彫り続けていますが、実に楽しいですね。

桂やシナなどの木が比較的彫りやすいことなど、木彫りをする素材の木の性質(硬軟や木目など)も少しずつ分かってきました。

 今後作りたい作品が沢山あって頭の中で色々とイメージしています。

狭い室内ですが天上から吊り下げるなどして部屋中を木彫りの作品で埋め尽くしたいと考えています。

 

さて、本日のテーマに入ります。

 

太陽が東から昇ること、地球に重力があること、数え切れない動植物が息づいていること、食事を美味しくいただくことができる味覚があること、お気に入りのミュージックを聴くことができる聴覚があること、花々や絵画を見て美しいと感じることができる視覚があること、これら全てのことを当たり前と考え、特に意識することもなく日常生活を営んでいる私たち人間です。

 

しかし、イギリスの「説教者の中の説教者」と言われたC・H・スポルジョンがネヘミヤ書9章6節をもとに語った説教を読んでいると当たり前のことなど何一つないことを改めて心に刻むことができるのです。

 

ネヘミヤ書9:6

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以下、C・H・スポルジョンの説教を少し長いですが引用します。

「主にとって不可能なことは何もありません。主の力の偉大さを知ってください。宇宙にあるすべての力は神から出たものです。それは今も変わりはありません。神の命令があれば、今すぐにでもこの世界は存在しなくなります。無生物の中にあるどのような力であろうと、そこにも神が働いておられます。神は自然の変転をすべて支配し、神が命令すればそれらは動きを止めてしまいます。ケルビム、セラフィム、御使い、人間の中にあるどのような精神的働きも、神の創造的なエネルギーによってその力が与えられているのです。主なる神が望めば、太陽の周りを回る惑星は定められた軌道を外れ、崩壊することもあり得ます。すべてのものを一定の場所に保っている重力の法則は、神がその法則に力を与えているその力を無にしてしまえば、たちまち作用しなくなります。主なる神が身を引けば、原子同士の結合も力を失います。その結果、それらは分解し、存在しなくなり、宇宙は全く何もないところ、無となるのです。この力は非常に強力です。ですから、ネヘミヤとともに、『ただ、あなただけが主です。あなたは天と、天の天と、その万象を、地とその上のすべてのもの、海とその中のすべのものを造り、そのすべてを生かしておられます。そして、天の軍勢はあなたを伏し拝んでいます』(ネヘミヤ書9:6)と賛美し、叫んで当然なのです。偉大な私たちの神は、ほかからは何の助けも受けずすべてのことをなさる方です。神は助手を必要とはなさいません。そのような手助けは、神には全く不必要です。というのは、すべての力は神から出ているからです。造られたものの力は神にとっては何の助けにもなりません。造られたものは、ただ神のことを証しするだけだからです。そして、神からお借りした力を示すだけなのです。神はご自分の目的を達成するために、私たちの協力、助けを求めることはありません。というのは、神は望むがままに行動なさる方、そして、全能の方だからです。」

 

<注>上記の本文中に出て来るケルビム、セラフィムとは、数多くいる御使い(天使)の中でも上位の御使い(天使)のことです。このケルビム、セラフィムについて本年2月7日のブログ「天使、サタン、悪霊(その④)」で取り上げていますので、未読の方はこちらもご覧ください。

hoshishusaku.hatenablog.com

 

「親が子を愛することは当たり前」とほぼ全ての人が口にすることでしょう。

しかし、愛する心を人間に授けてくださったのも創造主(神)です。

当たり前のことなど何一つありません。

全ては創造主(神)から出ているのです。

創造主(神)に感謝し、創造主(神)の栄光を賛美します。

アーメン

 

本日は、以上です。

  

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月5日(木)にアップします。

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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東方の博士たちとは何者か(最終回)

前回見ていただいた聖書箇所のマタイの福音書2:2~6を再度表示します。

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3節では、「それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。」とありますが、何故、ヘロデ王は恐れたのでしょうか?

このことに関し、新改訳聖書の注解書に簡潔に説明されていますので引用します。

ヘロデ王は前37年~前4年にかけて、ローマ元老院からユダヤ王に任ぜられた。エルサレム神殿の再建に着手し、『ヘロデ大王』と呼ばれたが、その家系は純粋なユダヤ人ではなく、エドム人であった。『ユダヤ人の王としてお生まれになった』(2節)イエスを恐れたのも、そのためであった。」

 

聖書を学び始めた頃は、聖書が歴史的事実を記した真実の書なのか、または作り話なのかと半信半疑で読んでいたので、聖書が作り話であればヘロデ王ユダヤ人の王(イエス)の誕生を何故恐れたのかなどという疑問を持つこと自体に何の意味もないので、この聖書箇所に限らず、もしかしたら聖書は歴史的事実を記した真実の書なのではないかと感じ始めるまでは、聖書に書かれている文字を表面的に読んでいただけだったことを思い出します。

 

ユダヤ人にとって聖書に書かれているメシア預言(キリスト誕生)は特別なものであり、ヘロデ王にとっても自分の王の地位を脅かすことになるユダヤ人の王(キリスト)の誕生は見のがすことのできない脅威であったのです。

そこで、ヘロデ王は4節に書かれているように、聖書に精通している祭司長や学者にキリスト誕生を問いただしているわけです。

問いただされた祭司長たちの回答が聖書記事の引用になるのは当然なのであって、6節はミカ書5:2の引用です。

ミカ書5:2をご覧ください。

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ミカ書は預言者ミカが書いたとされる書ですが、ベツレヘム・エフラテはエルサレムの南南西8キロほどにあった寒村です。

イスラエルの支配者(キリスト)は当時の大都市エルサレムではなく、誰も関心を持たない目立たない小さな村のベツレヘムから出るという預言なのです。

そして、この預言がまさに成就してイエス・キリストベツレヘムで生まれたのです。

 

続いて、東方の博士たちは、ひとところに止まる星ではなく東西南北と動く星(シャカイナ・グローリ)を見て、異様な星と感じただけでなく、ユダヤ人の王として生まれた方(キリスト)がいると、何故考えたのでしょうか。

これに対する答えは「東方の博士たち」の東方がバビロンの地であることにヒントがあるようです。

そして、このバビロンという地がユダヤ人にとって歴史的に重要な地であることです。それはユダヤ人の「バビロン捕囚」(または、バビロニア捕囚)です。

この「バビロン捕囚」は聖書の学びの際に頭に入っていなければならない知識ですが、詳細は近日中に当ブログでアップします。

本日は簡単に以下説明します。

バビロン捕囚とは、紀元前586年にバビロニアのネブカデネザル王がユダ王国を滅ぼし、ほとんどすべての住民をバビロンを初めとしてバビロニア地方に連れ去った事件のことです。

 

注目すべきはバビロンに連れてこられた人々の中に、将来預言者となるユダヤ人貴族の少年ダニエルがいたことです(ダニエル書1:1~6)。

この預言者ダニエルは、バビロニアの知者(占星術師)の誰も解き明かすことができなかったバビロニア帝国の王ネブカデネザルが見た風変わりな夢を解き明かすことが出来た功績もあって、ネブカデネザル王はバビロニア帝国の知者(占星術師)の長官に任命したのです。

ダニエル書2:47~48をご覧ください。

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このように、知者(占星術師)の東方の博士たちは、自分たちの先祖に関係する人の中にユダヤ人の長官ダニエルがいたこともあり、「アブラハム、イサク、ヤコブの神」を礼拝し、ダニエルの預言及びその他の預言者の預言も先祖から受け継がれていたはずです。

そして、預言の中にユダヤ人の王(キリスト)が将来現れるとするメシア預言も当然知っていたのです。

このメシア預言が「ヤコブの星」と呼ばれるものです。

ヤコブの星」が記されている民数記24:17をご覧ください。

これは異邦人の預言者バラムが語るメシア預言です。

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この民数記24:17についてメシアニック・ジュー(キリスト者)のアーノルド・フルクテンバウムの説明を引用(要約)します。

「バラムは、モアブの王に雇われ、ユダヤ人を呪うように求められた。バラムはユダヤ人を4度呪おうとしたのだが、そのたびにアブラハム、イサク、ヤコブの神がバラムの口を支配し、ユダヤ人を呪う代わりに祝福してしまうのだった。そのようにユダヤ人を祝福をしている中で、バラムは4つのメシア預言を語る。そのうちの一つが民数記24:17の預言である。バラムは、嫌々ながらも神に強いられてユダヤ人のメシアが来ることを預言し、メシアを一つの『星』と関連づけた。これが文字どおりの星ではないことは、この星について『イスラエルから一本の杖が起こり』とも言われていることからわかる。この『星』と『杖』は同じものである。『杖』という言葉は王権を象徴している。このヤコブから上る『星』は王である。さらに、バラムの職業は占星術師で、しかもベトルというバビロニアのユーフラテス川流域にある町の出身である(民数記22:5、申命記23:4)。バラムはバビロンの占星術師一門に属していた。メシアの誕生に関係する『星』が現われるという預言は仲間の占星術師たちにも伝えただろう。(マタイの福音書2章の)東方の博士たちがユダヤ人の王(キリスト)の誕生を知ったのは、占星術という似非科学を信じて星を見つめていたからではない。聖書に記されている神の啓示、バラムとダニエルの預言によって知ったのである。」

 

ところで、ある教会では牧師が信徒に「聖書はキリストの福音が記されている新約聖書だけ学べばよい。」と語っていると耳にしたことがあります。

しかし、新約聖書のマタイの福音書2章に記されている東方の博士たちの見た「星」の真の意味を知るには、旧約聖書を学ばなければ決して理解できるものでないことがよく分かるのではないでしょうか。

 

今回のブログを書くに当たって東方の博士たちが見た「星」について改めて聖書を学ぶことによって、聖書が歴史書であり真理の書であるとの確信がさらに深まります。

確信とは、かたく信じていること、信じて疑わないことなので、確信に深いも浅いもないはずですから「確信がさらに深まります。」という表現は可笑しな表現ですが、今の私の心境はこれなのです。

 

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は7月3日(火)にアップします。

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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