星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

祈り・願いは神に届いているのか?

 

まず、イエスが弟子に語ったヨハネ福音書14:13~14をご覧ください。

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エスは、このように語りましたが、キリスト者(クリスチャン)がいくら祈り願っても聞き入れてもらえないことが多々あるようです。

ですから、キリスト者の中にはしばしば神の存在を疑うようになる人もいて、遂には信仰を棄ててしまう人もいるようです。

また、キリスト者ではない世の人たちは、神の存在を否定して祈りの無効を唱え、キリスト者を嘲笑うこともあるでしょう。

 

しかし、イエスの言葉に嘘偽りはありません。

 

祈りが神に届いていないのではありません。

祈りは聞かれないのではありません。

今聞かれないだけなのです。

あるいは、今この世において聞かれないのです。

神はその約束を満たすにあたって永遠の時を持っています。

神は祈りを直ちに叶えてくださることもあれば、今年の祈りを明くる年に叶えてくださることもあるでしょう。

人間の時と神の時は異なります。

ある場合においては、この世の祈りを来世(神の御国)において聞いてくださるに相違ないのです。

今は聞いてもらえないと思われる願いも来世において聞かれる祈りの方が数多くあるに相違ありません。

 

人間の親は自分の子の願い(祈り)を聞いて、願い以上のものを与えてやりたいと思っています。

人間の親がそうであれば、神は来世において、この世における祈りに数倍にして聞かれるに相違ありません。

 

過去及び現在、地球上のあらゆる人々が、戦争がなくなることを願い、自然災害がなくなることを願い、目が見えない耳が聴こえないなどの障害がなくなることを願い、ガンなど様々な病気が癒えることを願ってきました。

いくら、これらの願いをし祈りをしても神は聞いてくださらないと思う必要はありません。

神は約束されています。

必ず、来世(神の御国)において、これらの願い祈りは全て叶えられます。

戦争はなくなります。

自然災害はなくなります。

障害者はいなくなりなります。

全ての病気はなくなります。

 

エスは「あなたがたがわたしの名によって求めることは、何でもそれをしてあげます。」と語りました。

「何でも」です。

真にイエス・キリストを信じる信仰によって、イエス・キリストの名によって願い祈れば聞かれないものはないのです。

 

祈りについて、5つの聖句を引用します。

 

テサロニケ人への手紙第一5:17

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ルカの福音書18:1

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ローマ人への手紙12:12

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エペソ人への手紙6:18

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コロサイ人への手紙4:2

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私の敬愛するキリスト者内村鑑三は祈りについて次のように言っています(意訳)。

キリスト者にとって無効の祈りはないことを知るべきである。キリスト者の祈りはキリスト者の命と共にイエスと共に隠れて神の中にあるのである。将来イエスが現われると(再臨)、そのときキリスト者の祈りが叶うことになるのである。来世(神の御国)と共に朽ちざる命を待つキリスト者は、永遠を期して常に倦まず(うまず)怠らずに祈りをなすべきである。」

 

一人でも多くの人が一日でも早く聖書を学び、イエス・キリストの名によって祈りをするようになることを願っています。

 

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https://bible-seisho.jimdo.com/

★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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ボーン・アゲイン(新生)

 

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大袈裟なことを書くようですが、聖書を学び、聖書が啓示する天地万物の創造主(神)の存在を確信することができ、イエスが救い主(メシア、キリスト)であることを信じることができたことによって、それまでの私は死んで、新しい生を授かったように感じています。

 

つまり、イエス・キリストを信じることによって「新生」したのです。

 

この「新生」を英語で「ボーン・アゲイン(born again)」と言います。

 

キリスト教大事典(教文館出版)では「新生」について次のように説明しています。

「罪と滅亡の中にある人間が恩恵を受けて霊的に新しい誕生をなすこと。」

 

人類の祖アダムは創造主(神)に反逆するという罪を犯しました。

アダムの子孫である人類全体はアダムの罪を受け継いでいるわけですが、イエス・キリストの十字架の死と復活を信じることによって、恵みによって霊的に新しい生を授けられることになります。

これが「ボーン・アゲイン」です。

 

使徒パウロはローマ人への手紙6:8で次のように書いています。

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続いて「ボーン・アゲイン」に関連する聖句を3箇所引用します。

詩篇51:10

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ヨハネ福音書3:3

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ペテロの手紙第一1:3

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下の画像の本は、ニクソン大統領の特別補佐官を務め、有名なウォーターゲート事件に関連する事件で有罪となり刑務所に服役したこともあるチャールズ・コルソンの著書です。

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無神論者であった彼があることがきっかけでイエス・キリストを信じて「ボーン・アゲイン」したことが書かれています。

図書館から借りて読みましたが、ウォーターゲート事件の背景なども書かれていて、面白く読むことができました。

 

一人でも多くの人が一日でも早く聖書を学び、イエス・キリストを信じることにより「ボーン・アゲイン」することを願っています。

 

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・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

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<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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人間の価値基準で神を裁いてはならない。

 

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聖書が啓示する真(まこと)の神である天地万物の創造主にできないことはありません。

まずエレミヤ書32:27をご覧ください。

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大宇宙(天地)を創造し、生きとし生けるものの全て(万物)を創造された御方に不可能なことはないのです。

 

「全知全能」だからこそ、「神」と呼ばれるにふさわしく、崇めるに価するのです。

 

人間は知ってか知らずか、

「何故、神は地震や台風などの自然災害を止めてくださらないのか。神は何もしてくれない。神などいない。」

「何故、多くの罪のない人々が障害で苦しんでいるのか。神は何もしてくれない。神などいない。」

「何故、愛する幼い我が子が殺されなければならなかったのか。神は何もしてくれない。神などいない。」

などと言って、時として神を裁くことがあります。

 

全知全能の神がなされる御業の全貌を人間は見ることが出来ません。

 

神がされること、されないことを人間の価値基準で裁くことがあってはなりません。

 

神にとって不可能なことはないのです。

 

地震も台風も、あらゆる自然災害のない「新しい天・新しい地」(新天新地)を神は必ず創造されます。

「死者の復活」「永遠のいのち」など、神にとって不可能なことではありません。

敢えて言えば、全知全能の神にとってた易い(たやすい)ことです。

 

イザヤ書55:8~9をご覧ください。

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続いてイザヤ書55:11をご覧ください。

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人間の価値基準や人間の時間感覚で神を計ることがあってはなりません。

 

人間の求める時と、神が適切な時だと定めることには、大きな開きがあるかもしれません。

 

永遠の過去、永遠の未来の時を超えて存在される神が行動される時が、今この瞬間か、近い将来か、遥か先の未来かは、この世の短い時(一生)を生きている、神より遥かに劣る知恵があるに過ぎない人間には、分かりません。

 

さらに、この世の終わり(終末)がいつ来るのか、そして、神が約束されている新しい天と新しい地(新天新地)がいつ来るのか、人間には分かりませんが、上記のイザヤ書の聖句を常に心に留めて、全知全能の神であり天地万物の創造主に全き信頼を置いて日々聖書の学びを怠らないようにしたいと思います。

 

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・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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すべての民族に祝福があるように!

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商売繁盛の神、交通安全の神、学問の神、龍神、仏像などというものに多くの日本人は、これらの神々や像を心底信じているわけではないと思いますが、あまり深く考えもせずに拝むことが多々あるようです。

これらの神々は、人間をどのように見ているのでしょうか。

これらの神々は、人間を愛しているのでしょうか。

当然ですが、これらの神々には、人間に備わっている人格のような神格があるわけでは全くないのですから、人間に関心など持ちようがなく、ましてや人間を愛することなどあり得ません。

つまり、偶像は偶像であって、真(まこと)の神になりようがないのです。

 

ところで、聖書が啓示する天地万物の創造主(神)は人間をどのように見ているのでしょうか。

聖書を書いたのはイスラエル人(ユダヤ人)であり、天地万物の創造主(神)の存在を明らかにしてくれました。

聖書を書いたイスラエル人(ユダヤ人)は旧約聖書出エジプト記に書かれているように長いことエジプトの地で奴隷として虐げられていました。

さらに紀元前8世紀にアッシリヤ帝国によってイスラエル人はアッシリヤの地に強制移住(アッシリヤ捕囚)させられ、紀元前7世紀にはユダヤ人がバビロンの地に強制移住(バビロン捕囚)させられたという苦難の歴史を歩んできたのです。

 

人間は、他人(ひと)から苛酷な暴力を受けた場合、いつまでも加害者に対して恨みの感情を持ち続けることが普通です。

ですから、イスラエル人(ユダヤ人)がエジプト、アッシリヤ、バビロンに対して恨みを持ち続けても何ら不思議はないはずです。

 

ところが、驚くべきことが旧約聖書イザヤ書19章25節に書かれているのです。

イザヤ書19章25節をご覧ください。

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このように神はイスラエルの民はもちろんですが、エジプトの民、アッシリヤの民をも祝福すると語っています。

もし、聖書がイスラエル人(ユダヤ人)の作り話ならば、加害者(征服者)のエジプトやアッシリヤを呪うことがあっても、祝福するなどと書くことはなかったはずです。

聖書が真実の書であり、神のことばが書かれている書であるからこそ、愛である神はすべての民族を祝福すると語られているのです。

もちろん、祝福を受けるためには、偽りの神々や人間の手で作ったに過ぎない像などを拝むことなく、悔い改めて、聖書が啓示する真の神(創造主)に立ちかえる必要があります。

・・・・・

数多くの聖書関連の書を著わしたイギリスの有名な牧師フレデリック・ブラザートン・マイヤー(1847年~1929年)の著書の中に上記のイザヤ書19章25節について、次のように書かれています。

「昔、ユダヤ人の口からこのような世界的同法的な言葉がはかれたのは驚きに価します。神の愛は、民族や、階級、皮膚の色を越えて及んでいるのです。

偶像や魔法使いによりたのんで衰え、ついには飢餓の巣窟と化するエジプトをも、なお『わたしの民エジプト』とかえりみたもう神、いや、あの暴虐な懲罰者アッシリヤをすら、『わたしの手でつくったアッシリヤ』と呼ばれる神、この預言の高さは主の救いのみわざの普遍性と伝導性とを輝かせています。」

・・・・・

聖書は作り話ではありません、聖書は真実の書です。

一人でも多くの人が一日でも早く真実の書である聖書を学ぶことを願っています。

 

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・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

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<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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金儲けは悪いことですか?

 

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知恵の乏しい私です。

文章力の乏しい私です。

ですから、本日のブログの全てを、私の尊敬するキリスト者内村鑑三の著書から引用させていただきます。

 

キリスト教信者は財産を作ってはならないか?

貧はキリスト教信者がえらんでおるべき境遇であるか?

蓄財はキリスト教信者にとり罪悪であるか?

これまじめなる信者にしばしば起こる問題である。

この問題について、イエスは教えていいたもうた。

『なんじら、地に財(宝)をたくわう(積む)なかれ』(マタイの福音書6:19)

と。

財は宝である。しかして財産はかならずしも宝ではないのである。

神は義人ヨブに報ゆるに、多くの財産をもってしたもうた。

『主(神)、ヨブを恵みて、その終りをはじめよりも善くしたまえり。すなわち彼は綿羊一万四千匹、らくだ六千匹、牛一千匹、めろば一千匹をもてり』(ヨブ記42:12)

とある。

神が信仰の報いとしてたまいしものが、悪でありようはずはない。また、

『謙遜と主(神)をおそるることとの報いは、富と貴きと生命となり』(箴言22:4)

とある。

かくのごとくにして、富(財産)そのものの罪悪でないことは、聖書全体の明らかに示すところである。

エスのいましめたものは財産ではない。宝である。

しかして財産はかならずしも宝ではないのである。

宝とは、人がその中に心をおくものである。

すなわちイエスがここに、

『なんじらのたからのある所に、心もまたあるべければなり』(マタイの福音書6:21)

といいたまいしがごとく、人がその心をおくところのもの、そのものが彼にとり宝となり、また宝であるのである。

人がその心を財産をおくにあたって、財産が彼の宝となるのである。

これをもって、人はこれにおのが心をおきやすくある。

しかしながら、これ財産そのものの罪ではない。

これを宝となすものの罪である。

世には、財産をもつも、これを宝とみなさない者もいる。

(銀行家・慈善活動家の)ジョージ・ピーボデーまたは(鉄鋼王・慈善活動家の)アンドリュー・カーネギーのごときはその例である。

彼らは巨万の財産を有して、その中に彼らの心をおかなかった。

彼らは財産を支配して、財産は彼らを支配しなかった。

彼らは宝を財産以外のものに求めた。

彼らは財産を有した。されど地に宝を積まなかった。」

・・・・・

上記文中で引用されている文語訳の聖句を、2017年版の新改訳聖書で引用します。

 

マタイの福音書6:19

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ヨブ記42:12

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箴言22:4

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マタイの福音書6:21

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上記の内容に関連して、内村鑑三の「後世への最大遺物」を読まれることをお勧めします。

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「この本こそ内村鑑三先生から後世への贈り物」「生きる勇気が湧いてくる」「歴史的書物」などと読者がレビュー(評論)しています。

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愛していればこそ!

 

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突然ですが、仮定の話をします。

 

貴女には、優しい夫がいます。

貴女の望むことは何でも叶えてくれます。

貴女が、何度浮気をしても、その都度赦してくれます。

夫は貴女の浮気に寛大なようです。

 

このような夫の貴女に対する態度に貴女は満足されるでしょうか?

夫は貴女を真剣に愛しているのでしょうか?

 

貴女は浮気さえ赦す夫の、貴女に対する愛を疑うでしょう。

 

真に貴女を愛していれば、貴女の裏切り、浮気(姦淫)を赦せないはずです。

 

健全な愛があるからこそ、配偶者の浮気(姦淫)に妬み(ねたみ)、嫉妬心が起こるものです。

 

ここで、次の聖書箇所をご覧ください。

出エジプト記20:3~5(新改訳聖書)

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5節に「ねたみの神」とあります。

読者の皆さんは神にねたみのこころがあったりするのだろうか、と不思議に思われるかもしれません。

ここで使われている「ねたみの神」は新共同訳聖書では「熱情の神」と訳されています。

つまり、神の人間に対する愛は決して冷めたものではなく、炎のように熱い感情の愛なのです。

神は私たち人間が考え及ばないほど、人間を愛しておられます。

 

愛していればこそ、人間が他の偽りの神(宗教)を礼拝(霊的姦淫)することに「ねたみ」を覚え怒りさえ覚えるのです。

 

申命記4:16~19をご覧ください。

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上記の聖句から分かるように、この現実の世界では何と聖書が啓示する真の神が命じておられることに反したことばかりしているのでしょうか。

 

真の神の意志に反して、多くの人間は人間(男の形、女の形)の像を造って(例えば仏像、観音像、聖母像など)拝んでいます。

真の神の意志に反して、狐、ヘビ、龍、ライオン、牛、馬などの動物の像を造って拝んでいます。

真の神の意志に反して、太陽を神(太陽神)として拝んでいます。

 

ここで、キリスト者ドイツ連邦共和国首相のメルケルの言葉を引用します。

わたしたち人間は神との関わりにおいて生きるように造られており、地上の像にしがみつくことは許されないのです。」 

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一人でも多くの人が一日でも早く聖書を学ぶことによって、偽りの神を拝むことがないように願っています。

 

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https://bible-seisho.jimdo.com/

 

★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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究極の国籍

 

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もちろん悩み、葛藤の末に出した結論でしょうが、先日、横綱白鵬日本国籍を取得(帰化)しました。

 

ほとんどの日本人は、当然ですが、自分の国籍は日本だと認識しています。

 

ところが、イエス・キリストを信じているキリスト者(クリスチャン)は、この世に生きている間は、この世を旅して通り過ぎている旅人にすぎないと考えています。

 

キリスト者は、自分自身の本来の国籍がどこにあると考えているのでしょうか。

 

ここで、聖書の3つの聖句を引用します。

 

伝道者の書12:7

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ペテロの手紙第一2:11

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ピリピ人への手紙3:20

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土のちりで造られた人間が死ねば、ちりである肉体は地に帰り、霊は神のもとに帰ります。

永遠の時の流れの中の一瞬に過ぎない人間のこの世界での一生はあっと言う間に過ぎ去ります。

しかし、「死後の復活」と「永遠のいのち」を信じているキリスト者の、この世界での国籍は一時的な、そして、形式的な国籍に過ぎないと理解しています。

 

キリスト者の本来の国籍、つまり、「究極の国籍」は神がおられる天にあります。

 

そして、キリスト者はこの「究極の国籍」において、神の豊かな恵みの中で永遠の時を過ごすことになります。

 

世界的に有名な伝道者のビリー・グラハム(1918年~2018年)は次のように語りました。

私の故郷は天国です。

私たちが地上で呼吸する最後の息は、天国での最初の息となります。

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↑ ビリー・グラハム

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・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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