星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

神がしない、一つのこと。究極の自己責任!

「神がしない、一つのこと」はなんでしょうか?

神が、最初の人間アダムから今この瞬間の私たち人間に求めていることは、聖書の隅から隅まで学んで分かったことは、誤解を恐れずに言えば、ただ一つです。

「自発的意思によって神を信じること」

これに尽きます。

 

とにかく、神を信じればよいということではなく、「自発的意思」が鍵です。

要するに、神がしない、一つのこと、それは、無理強いして神を信じさせることです。

 

強制的に神を信じさせることを、神は望んでいません。

神が望まれていることは、自発的意思によって信じる者との交流です。

 

私が信じている神は、全能の神(エル・シャダイ)です。

神の辞書に不可能の文字はありません。

天地万物を創造できる神です、その気になれば、人間に神を信じるようにすることは、いとも簡単です。

神ご自身の姿を現す必要はありません。

神の独り子イエス・キリストを地上に遣わす必要もありませんでした。

新約聖書・伝道者の書3:11の聖句の「人の心に永遠を与えられた」ように、神の力で人間の脳か遺伝子に働きかけて「神を信じる心を植え付ける」ことをすればすむことなのです。

しかし、神はそのことだけはしないのです。

新約聖書・伝道者の書3:11

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神が求めているのは「自発的意思によって神を信じること」、この一点であると、私は聖書研究をして確信しました。

 

神のご意思を人間レベルのたとえで語るのは不本意ですが、わかりやすくするためにあえて言います。

神は人間との交流を相思相愛の関係にしたいのです。

神は人間に対して、ご自分の愛を押し付けたくないのです。

あなたは、好きでもない異性から言い寄られて、その異性と親密な交流をしたいですか。

答えは明らかでしょう。

 

ある人は「神を信じた人間だけしか救わないのですか。神は愛であると聖書に書いてあるるじゃないか、神を信じない人間も救うのが神の愛でしょう。」と言います。

神を求めない、神を信じようとしない者を無理強いして神のご計画の中に引き込むことは、愛ではありません。

愛に反することだと私は考えます。

 

神のご計画は、人間が自発的意思によって神を信じるのであれば、その人間を「神の御国」へ迎い入れ、いまだ人間が見たことも経験したこともない素晴らしい祝福を与えてくれます(ここで言う、神はイエス・キリストも指します)。

  

神を信じない、神に背を向けて苦難ばかり多い人生で終わってしまうのか。

神を信じて、神の御心に従い、キリストに従い、苦難の多い人生であっても心の平安を得て地上の生を全うし、死後復活し、神の御国で神との交流をするのか。

「自発的意思によって神を信じるのか、信じないのか」これは、すべてに優先する人生最大の問題です。

究極の自己責任です。

 

私の妄想や空想ではありません。

昨日も書いたことですが、聖書を丸ごと信じて聖書研究をすれば、理解できるものと信じます。

 

人は私に意見するかもしれません。

「馬場さん、あなたは死を恐れるあまり、聖書の死後の復活や永遠の命、そして、ありもしない神の御国を信じたいだけなんですよ。永遠の命は、霊魂不滅や心の持ちようを言っているだけのことですよ。目を覚ましたほうがいいですよ。」

否とハッキリ答えます。

 

天地万物の創造主である神が創造された自然界(被造物)を観察し、もっとも身近な人間の体全体が神の恵みにどれほど満たされているかを考えると、神が人間の苦難の多い人生を死で終わらせることなど、どう考えても不合理です。

 

地球自体の現状を観察してもそうです。

神の辞書に不可能の文字がないはずの全能の神が、その気になれば、今この瞬間に地震、洪水などの災害を一掃できるはずなのに、それをしないのは、どう考えても不合理です。

 

したがって、キズついた今の世界(天地万物の被造物)が終わりをつげ(終末)、次の新たな完全な世界(神の御国)を全能の神が用意されると考えることは(聖書全体はこのことを書いている)、極めて合理的であると確信します。

 

私は、聖書を丸ごと信じていますが、信じたいから盲目的に信じているのではありません。

過去から現在までの地球環境と人間の歴史(現実)と聖書を照らし合わせて検討した結果、上記のような結論を出すことが理性的であり合理的であると考えます。

 

最後に「聖書事典(日本基督教団出版局)」から引用します。

「永遠の生命は、単なる霊魂不滅ではない。単なる死後の永生でもない。永遠の生命は、罪人の人間が、キリストとその十字架によって神とともに生きるもの、神の子とされることであり、罪による死からの解放、その死への勝利である。永遠の生命は、まさに死人の復活である。罪によって死んだ人間が、キリストによって甦らされて生きることである(新約聖書・ローマ6:4、コリント第一15:21~22、55~57、コロサイ3:1)。」
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https://bible-seisho.jimdo.com/



★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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