異邦人(その③)
(その②)の続き。
前回まではアブラハムの長男イシュマエル及び彼の子孫であるアラブ人という異邦人を、創造主(神)がイスラエル人、ユダヤ人と同じように祝福し、愛してくださっていることを確認しました。
本日は、ヨナ書の記事から異邦人について考えたいと思います。
まず、ヨナ書1:17をご覧ください。
聖書を神話や作り話だと主張する人たちと同じ様にかつての私もそのように考えていたときがあります。
ヨナが大魚の腹の中に三日三晩にいたという、このヨナ書の記事が、聖書が作り話だと考える理由のひとつだったのかもしれません。
しかし、聖書の学びが進むに従って、聖書は創造主(神)のみことばが記されたものであり、全知全能の創造主(神)の御業つまり奇跡が記された書であることが理解できるようになり、特に天地万物を6日間(144時間)で創造された奇跡と比べると、ヨナが大魚に飲み込まれ、その後吐き出されることなど、創造主(神)の御力からすれば造作無い、た易いことだと考えることができるようになったのでした。
そして、私たちキリスト者が信じる、真理を語る主イエス・キリストもヨナが大魚に飲み込まれた事実を次のように語ったことからもヨナの奇跡を信じることができるのです。
マタイの福音書12:38~40
ヨナの奇跡が事実でないなら、イエスがウソつきだと言うことになってしまいます。
この大魚はおそらくクジラだと考えられますが、聖書ではクジラとは書いていないので断定はできません。
不明なものは不明のままにしておきましょう。
預言者ヨナは、北王国イスラエルの第13代の王ヤロブアム2世の治世(前786年頃~前746年頃)の頃に活動したと考えられています。
それは、列王記第二14:23~25の記事で分かります。
25節にヤロブアム2世が「レボ・ハマテからアラバの海までイスラエルの領土を回復した。」とありますが、レボ・ハマテはダマスコ(ダマスカス)の北方約190キロにある町で、アラバの海とは死海のことであり、ヤロブアム2世はその領土をダビデ時代に匹敵するほど拡張したのです。
このように北王国イスラエルはヤロブアム2世の時代に繁栄の絶頂を迎えるのです。
しかし、イスラエルの民をアッシリヤに強制移住(捕囚)することになるアッシリヤ帝国の脅威が迫ってもいました。
同じ25節のガテ・ヘフェルとはナザレの北東5キロほどのところにある町であり、預言者ヨナがこの地の出身であることがわかります。
イスラエル人の預言者ヨナは、残忍非道で知られていた異教徒(異邦人)のアッシリヤ人を極度に嫌っていました。
下の画像はアッシリヤ時代の王宮で見つかったレリーフ(浮彫り)です。
アッシリヤの兵士が弓を引いている左上には杭に串刺しされている3人の人間が見えます。
ある時ヨナは、創造主(神)からアッシリヤ帝国の首都ニネベに行くように命じられるのですが、ニネベとは反対方向のタルシシュに逃げようとします。
この預言者ヨナの行動は驚くべきものです。
いまだかつて創造主(神)からの召命に背いた預言者はいなかったからです。
ヨナ書1:1~3をご覧ください。
3節のタルシシュは列王記第一22:48(引用省略)やイザヤ書60:9(引用省略)の記事で分かるのですが、鉱石などの貿易が盛んな商業都市で、おそらくスペイン南部のタルテソスと考えられます。
そして、ヨッパはエルサレムの北西、地中海に面した港町です(新改訳聖書・注解書より)。
本日はここまでです。
次回は、預言者ヨナの経験から異邦人のアッシリヤ人を創造主(神)がどのように見ているのか、を確認したいと思います。
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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・天地万物の創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。