星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

メシア預言(その②)

昨日は調べものがあって福岡市総合図書館に行きましたが、すぐ側が海なので図書館に来たときはだいたい海沿いを散歩します。

この日は温度も湿度も思っていたよりも高くなくて爽やかな気分で過ごす事が出来ました。

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図書館を出てからDIYショップに行って木彫用の木材を購入したのですが、店内を見て回っていると、先日アマゾンで購入したルーター(研磨、切削器具)の交換パーツがあるのを発見して嬉しくなりました。

そして、このDIYショップでは無料の工作室もあり、ジグソーという電動器具を無料で使用できるという至れり尽くせりのサービス振りで、今後この工作室を使う機会も増えるのではと思っています。

 

さて、本日のテーマに入ります。

聖書を学ぶようになってからしばらくの間、ほとんどのユダヤ人はナザレのイエスをメシア(キリスト)と認めていないユダヤ教徒だと思っていました。

ユダヤ教徒にとってナザレのイエスは架空の人物ではないけれど、あくまでも人間であり、それも魔術を使う者に過ぎず、(旧約)聖書のメシア預言は成就していない、つまり、メシアは未だ現れていないという認識なのです。

ですから、今更言うまでもなく、ユダヤ教徒にとっての聖書とは旧約聖書だけを指し、イエスをメシア(キリスト)と教える新約聖書は聖書でも何でもないのです。したがって、ユダヤ教徒新約聖書を読むことなどは普通はありえません。

しかし、今まで新約聖書を読むことをしなかったユダヤ人の中でも旧約聖書の中に記されているメシア預言が新約聖書のイエスの生涯をしっかりと学ぶことによってナザレのイエスこそがメシア(キリスト)だと認めるようになったメシアニック・ジュー(キリスト者)も少なからず居て、現在ではユダヤ教からキリスト教に改宗するユダヤ人も増えているのです。そして、今後増々メシアニック・ジューは確実に増えていくことでしょう。

 

さて、次の聖書箇所をご覧ください。

創世記3:15

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この聖句は聖書の中の最初のメシア預言が記されている箇所です。

 

過去ブログでも書きましたが、禁断の木の実を食べたエバに対して創造主(神)がエバの子孫からメシアが生まれ、メシアが蛇(サタン)の頭を踏み砕き、蛇(サタン)がメシアのかかとにかみつく(メシアが十字架に処せられる)と語られたのです。

 

続いて、創世記4:1をご覧ください。

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この聖句は実に興味深いものです。

エバは自分の子孫からメシアが出るという創造主(神)のことばがすぐに成就したと思い「私は、主によってひとりの男子を得た」と言ったのです。

つまり、エバは最初の男子カインをメシアだと勘違いしたのです。

 

ここで、メシアニック・ジューのアーノルド・フルクテンバウムの著書から引用します。

「創世記4:1のヘブル語原典を直訳すると、以下のようになる。『人はその妻エバを知った。彼女はみごもってカインを産み、言った。「私はひとりの男子、ヤハウェを得た」』、ここでエバが何を言っているのか、理解している聖書翻訳者はほとんどいないようである。そのため、既存の訳では、上記の直訳のようには訳されていない。エバは、創世記3:15のみことばから、神であり人である神人が蛇を打ち負かすとはっきり理解していた。そして、どうやらカインがその方(ヤハウェ)だと思ったようである。エバの神学は基本的に正しい。メシアは人であると同時に神である。エバが間違っていたのは、その適用である。エバは、初子のカインが約束されていた神人だと思い込んだ。エバがその間違いにすぐに気づいたことは、弟アベルの誕生記事を読めばわかる。エバがつけたアベルという名の意味は「空しさ」である。」

<注> アーノルド・フルクテンバウムは神の御名を「ヤハウェ」と書いていますが、本年4月12日及び4月15日の当ブログ「聖霊と三位一体(その⑨)及び(その⑩)」でも書いたように私は神の御名はあくまでも「わたしはある」(出エジプト3:14)というお方であり、人間が使うような名前は神にはないと解釈しています。当ブログ「聖霊と三位一体(その⑨)及び(その⑩)」を未読の方は、こちらもご覧ください。

hoshishusaku.hatenablog.com

 

上記のアーノルド・フルクテンバウムの説明を皆さんどう思われますか。

街の一般書店で売られているキリスト教の入門書や関係書籍では触れられることのないものですね。

つくづく、聖書研究は面白いものだと感じます。

 

続いて、次の聖書箇所をご覧ください。

創世記22:18

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ガラテヤ人への手紙3:16

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ガラテヤ人への手紙の著者パウロが言っているように、創世記22:18の「あなたの子孫によって・・・」の「子孫」は単数名詞であり、「子孫たち」という多数のイスラエル民族を指しているのではなく、創造主(神)が御使いを通してアブラハムに語ったメシア預言なのです。

 

本日はここまでです。次回(その③)に続く。

 

ブログアップは日曜日・火曜日・木曜日の週3回です。

次回は6月19日(火)にアップします。

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https://bible-seisho.jimdo.com/



★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・天地万物の創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★(HN)星周作:(本名)馬場忠博(1956年生):馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。

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