聖書の矛盾? 聖書は作り話?(その③)
(その②)の続き。
突然ですが、人間のあばら骨(肋骨)が何本あるか知っていますか?
ネットで調べればすぐわかることですが、意外と知らない人が多いのではないでしょうか。
答えは、12対の24本ですね。
人体の構造がまだ明らかにされていなかった時代の昔のキリスト教徒の中で、男は女よりあばら骨が1本少ないと信じていた人たちがいたようです。
それは、次の聖書の記事からです。
創世記2:21~22
世の常識に従えば、エバがアダムのあばら骨から創造されたなどと信じることは、釈迦(仏陀)が母の摩耶夫人の右脇から生まれたということを信じるのと同じように、頭がイカレタ奴と言われても仕方ないでしょう。
要するに聖書は神話作り話と考えるのが普通なのでしょうね。
↑ 摩耶夫人の右脇から釈迦が生まれる様子を浮き彫りした作品(東京国立博物館で展示)
しかし、天地万物の創造主(神)の存在を前提とせず、死後に復活もしなかった釈迦が摩耶夫人の右脇から生まれたなどという作り話と異なり、聖書に書かれている通り天地万物の創造主(神)の存在を信じ、イエス・キリストが人間の罪の贖いのために十字架につけられて3日後に復活したことを信じることが出来れば、聖書の捉え方が180度変わり、聖書が神話や作り話ではなく、聖書が真実の書であることが見えてくるのです。
近年、iPS細胞を使った再生医療が、山中伸弥教授のノーベル賞を受賞したことで一般人の私たちにも知られるようになりました。
アダムのあばら骨でエバを創造することなど、全宇宙で最高の外科医であり再生医療のプロフェッショナルである天地万物の創造主(神)にとって、あまりにも、た易いことなのです。
聖書を学び始めると、難解な箇所や一見矛盾するような箇所に遭遇して戸惑うことが度々ありますが、それらを乗り越えて理解できるようになるためには、三位一体の第一位格の父なる神及び第二位格の子なる神のイエス・キリストを信じていることが必要です。
父なる神及び子なる神イエス・キリストを信じていなければ、聖書の真理を理解することは出来ません。
別の言い方をすれば、神の御言葉である聖書を自分のものとすることは出来ません。
聖書の真理を理解するには、「助け主」が必要なのです。
この「助け主」とは、三位一体の第三位格の神である「聖霊(御霊)」です。
次の聖書箇所をご覧ください。
<注> 「わたし」とは、イエス・キリストのことです。
聖霊(御霊)は、イエス・キリストを信じた者の「助け主」となって、真理を解き明かす手助けをしてくれます。
「聖霊」及び「三位一体」については、別のページでアップしています。
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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・天地万物の創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
・親鸞、日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。