星 周作 Blog

★ 福岡より〇〇をこめて  ★

復活と永遠のいのち(パートⅩⅠ)

前回の続き。

 

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創造主である神とキリストに信仰を持つ者は、死後直ちにパラダイス(第三の天)に上げられ、意識のある状態でキリストと共に中間状態を過ごし、キリストの空中再臨(携挙)の時に栄光のからだで復活し、その復活のからだをもって再度、パラダイスに上げられます。

 

因みに、キリストが十字架上で死んで三日後に復活したことを「初穂」と言いましたが、初穂に続く信者の復活を「第一の復活」と言います。

その後、地上では患難期(大患難時代)が到来し、この患難期に悔い改めてキリスト者となって殉教した者(地上再臨時に復活)及び生き残った者と、キリストが地上再臨する際に栄光のからだで地上に降り立ち、出会うことになります。

 

なお、キリスト以前の旧約時代に神に信仰を持った者(聖徒)は、キリストの空中再臨(携挙)のときではなく、地上再臨のときに復活します。

 

そして、キリストを王とする文字通り千年間続く神の御国(千年王国ないしメシア的王国とも言う)の中で死を恐れることなく歓びに満ちたくらしをすることになります。

 

千年間が経過した後、信者の最終的ゴールである新天新地に至ることになります。

 

上記の信者と異なり、神に背を向けていた不信者は、死後直ちに黄泉(ハデス)に墜ち、患難期及び神の御国の千年間が過ぎてから復活します。

もちろん、栄光のからだが与えられているわけではありません。

この不信者の復活を「第二の復活」と言い、最後の審判(白い御座の裁き)を受けるための復活なのです。

そして、不信者の最終的ゴールが(口語訳聖書では)地獄(新改訳聖書ではゲヘナ)ということになります。

 

黄泉(ハデス)や地獄(ゲヘナ)の存在がどうしても理解できない、信じられないという方が数多くいると思います。

ある敬虔なユダヤ人のキリスト者(メシアニック・ジュー)は次のように語っています(一字一句その通りではありません)。

「私の親族の中には、キリストに信仰を持つことなくヒットラー時代のホロコーストによって殺された者がおり、父親も同じく信仰を持つことなく死んでしまいました。ハデスやゲヘナが存在しないことを誰よりも望む気持ちがあります。しかし、唯一の神の啓示する聖書を真理の書と信じる私は、字義通りその存在を信じるだけです。」

 

ハデスやゲヘナの存在について幾つかの文献を調べアレコレと考えてきました。

その結果、ハデスやゲヘナを神が造られた理由を私なりに納得できる答えらしきものを得ることが出来ています。

ただ、この私の得た答えは、聖書のある箇所にヒントらしきものが書かれているだけで、確実に立証できるものではないので、私のこころの中に留め置きたいと思います。

 

千年王国について書かれている聖書箇所の一部をご覧ください。

新約聖書ヨハネの黙示録20:4~6

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<注>「私」は、キリストの十二人の使徒の一人のヨハネ

冒頭でも書きましたが、信者の復活が「第一の復活」であり、不信者の復活が「第二の復活」です。

因みに、千年は比喩であって実際の千年間ではなく、今のこの世界自体こそがキリストが天から支配している王国であると主張する人たちもいます。

もちろん私は字義通りのリアルな千年間と理解しています。

 

次に新天新地について書かれている聖書箇所の一部をご覧ください。

新約聖書ヨハネの黙示録21:1~7

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千年王国の後に、今の天と地は滅び去って、新しい天と新しい地が創造されます。

このことを不思議に思う必要はありません。

天地万物の創造主である全能の神が約束されているのです。

今の私たち人間は、苦しみや悲しみによって幾度となく涙をながし、そして叫ばずにいられない人生を過ごし、恐れながら死を迎えるという一生でした。

しかし、この新天新地では、苦しみ、悲しみは皆無です。

涙を流すこともありません、

死は永久に取り去らわれるのです。

6節の「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。」とは、初めからいて、終わりまでいる永遠のお方であることを表している、つまり、神の永遠性と全能性を表現しています。

 

キリストに信仰を持つ者には、死の先には栄光のからだの復活があり、そして千年王国で暮し、輝かしい新天新地において神と交流するという希望があります。

 

「復活と永遠のいのち」というテーマで全11回アップしてきました。

最後駆け足になりましたが「患難期(大患難時代)」「キリスト(地上)再臨」「千年王国」「最後の審判」「新天新地」については、今回のブログでは聖書記事のほんの一部しか説明しませんでした。

別の機会に詳細をアップしたいと考えています。

その機会には、患難期に現れる反キリストのことや患難期の最終局面に起こるハルマゲドンの戦いについても検証したいと思います。

 

今後の予定ですが、まず次回から数回にわたり(今の段階では回数は不明)創世記の天地万物の創造とノアの大洪水について検討し、特に進化論の呪縛から解放され、天地万物が神によって創造されたことを確信し、より一層神の栄光を讃えることができるようになりたいと考えています。

その後は、悪魔(サタン)、悪霊、天使についてアップする予定です。

 

当ブログでは、私なりに考えている聖書の最も重要なポイントと聖書の全体像を皆さんにいち早く理解していただきたいという思いで書いています。

ですから、聖書の細部までは意識的に書かないようにしています。

どちらかと言うと聖書初学者の方を見据えて書かせていただいているので、聖書の学びが深まっている方には物足りないものだろうと私自身承知しています。

このようなスタンスですが、ご興味のある方は、今後も宜しくお願いします。

 

hoshishusaku.hatenablog.com

 

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★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★

・創造主だけが神

・万物・人間を創造せずして神たる資格なし

・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし

・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

親鸞日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。

〈私の信条〉

盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。

★星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室★

<私は聖書の神を信頼する>

私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。

〈イエスを信じる者は永遠の命をもつ〉ヨハネによる福音書3:16)ことを私は確信します。
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