神によるテストと試練(パートⅢ)
前回の続き。
まず、次の聖書箇所をご覧ください。
旧約聖書・創世記1:6~7
旧約聖書・創世記7:11~12
私たちは、小学生の時に、地球のあらゆるところにある水が蒸発し雲がつくられて雨となって降り注ぐと水の循環を教えられました。
しかし、ノアの時代の大洪水は、水の循環による雨が大量に降り注いだものではなく、大空の上にあった水の層が開かれることによって起きたと聖書では説明しています。
水の循環による雨では、地球のすべてを覆う大洪水は起こることはないでしょう。
続いて、次の聖書箇所をご覧ください。
旧約聖書・創世記2:5~6
上記の聖書箇所により、前回のブログの終わりに書いた、洪水前にも雨が降っていたのか?という疑問の答えが出たのではないでしょうか。
洪水前には雨は降らず、動植物の水分補給は地から湧き出る水によっていたのです。
常々ブログで書いてきましたが、私は、聖書を真理の書であるとして受け入れて丸ごと信じています。
前回パートⅡでも引用したリック・ウォレン著「人生を導く5つの目的」に次のように書かれています。
「ノアはいまだかって雨というものを見たことがなかったのです、なぜなら洪水が起こる前には雨というものはなく、地下から水が湧き出していたからです。」
結局、洪水前に雨が降らなかったのであれば、洪水前に虹を見ることもなかったということです。
神は、契約のしるしとして雲の中に虹を立てると宣言しました。
ある神学者が説明したような「洪水前も虹は出ていた。洪水後の美しい虹を、感動の虹として、神がお見せになって、新たな約束を与える場面を設定・演出したのであろう。」とは考えられません。(私は、この神学者を尊敬しています。念の為。)
神は小手先の誤魔化しをするお方ではありません。
洪水前に雨は降らず、虹も出ていなかったのです。
世界各地に洪水伝説があります。
この洪水伝説は地球規模の大洪水ではなく、地域的な洪水です。
ですから、聖書に書かれている地球の全てを覆う大洪水などはなかったんだと主張する人達がいます。
次の聖句をご覧ください。
旧約聖書・創世記9:14~16
「大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とはならない。」という神のことばから、二つのことを読み取ることができます。
一つは、ノアの時代の大洪水後は、大洪水とはならない地域的な大水(洪水)は起こるということ。
もう一つは、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水はないが、地域的な大水(洪水)によって滅ぼされる肉なるものがあるということです。
地球規模の大洪水が起こったことを示す痕跡(地層や化石)が地球のあらゆるところにあります。
この痕跡(地層や化石)については、別の機会に必ずブログアップします。
次回パートⅣに続く。
https://bible-seisho.jimdo.com/
★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
・親鸞、日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき理性的に、キリストを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。