私は、いくら・・・?(パートⅠ)
ホンダが開発した2足歩行ロボットASIMO(アシモ)を覚えていますか。
初めてテレビで話題になったのはいつ頃だったでしょうか。
テレビで見たときの感想は、すごいと思うより人間と比べたらあまりにも不恰好な歩みに・・・・・?でした。
現在もAI搭載のASIMO開発は進んでいるようですが、人間と同じように滑らかな歩行は実現できているのでしょうか。
これまでの開発費の累計はいくらぐらいでしょうか。
全く予想はつきませんが、数億円?数十億円?でしょうか。
車輪ではもちろんなく、2足で小学生程度の走りができる日がくるのでしょうか。
その日が来るとして、はたしてどのくらいの開発費がかかるのか見当もつきません。
走り幅跳びやサッカーボールのリフティングが出来るようになるには(ホンダはそのような機能は考えていないでしょうが)、その開発費は・・・と言うより不可能では?
と言うことは、私の足は、不可能な機能を予め身に着けているのでは・・・・・。
医学の分野では様々な人工臓器が開発されています。
人工心臓の開発費はどのくらいでしょうか。
私たち人間が人体の全てと同様の機能を持った人工パーツを開発できると仮定した場合、その開発費の総額はいくらになるのでしょうか?
言うまでもなく天文学的な金額になるでしょう。
だとしたら、「私は、いくら?」の回答は、天文学的金額ということですね。
いやいや、そうではなく、私たち人間は金銭に換算することはできない凄まじい驚異の存在ということですよね。
そもそも、私たち人間の人体と同様の機能をもった全てのパーツを人間の実物と同様の一体のロボットを造ることは不可能でしょう。
さらに、活動のエネルギー源であるガソリンや電気はロボットにとっての食物ですが、ロボットは食物を味わう喜びなどはもちろんありません。
被造物の人間に食べ物を味わうことができる味覚など色々な感覚を授けてくださり、なによりも「愛と命」を授けてくださった神に感謝せずにはおれません。
新約聖書・ローマ人への手紙1:20~23
私たち人間の体の全ては、人間的知恵では造れるはずのない不可能な機能を予め身に着けていることは疑いようのない事実です。
被造物の人間は、命の源である万物の創造主である神に、間違いなく愛されて創造されたと実感することができます。
このように人間を愛してくださった神に感謝することは、ごく当たり前のことでしょう。
しかし、遥か昔の古代から現代に至るまで、人間は神に背を向けて来ました。
ある人は「神はいない」と心の内で叫び、古代エジプトでは鷹(ホルス神)や蛇、ライオンなどをあがめ、別の民族は狐、牛、竜などをあがめ、滅ぶべき運命にある人間(王、現人神、北朝鮮の〇〇書記、カルトの教祖など)を神のようにあがめ、木や金、銀、銅の〇〇座像、〇〇立像、〇〇涅槃像をわけもなく拝みます。
その昔、「神はいない」と無神論者を気取っていた私です。
今では、恥じ入るばかりです。
地上での私の人生も決して長くない年齢になりました。
地上での肉体が滅びる前に、私を創造してくれた万物の創造主の神がおられることを知ることができ、そしてキリスト・イエスを信じることが出来て本当に感謝している毎日です。
<次回に続く>
https://bible-seisho.jimdo.com/
★私は、聖書に書かれている内容を、誰が読んでも明らかに比喩的な言葉を除き、字義通り理解した上で信じています。したがって、創造主である唯一の神の存在を確信し、イエスをキリスト(救い主)と認める者です。しかし、カトリック教会等のいずれの教会にも属していない無教会者です。あらゆる新興宗教のいずれの信者でもありません★
・創造主だけが神
・万物・人間を創造せずして神たる資格なし
・商売繁盛の神、龍神など「〇〇神」と「神」の文字をくっつけても、万物を創造せずして神たる資格なし
・釈迦が万物を創造した方なら、釈迦を神と崇めますが、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
・親鸞、日蓮など、人格が高潔であり尊敬できる方であっても、万物・人間を創造せずして拝む対象に非ず。
〈私の信条〉
盲目的ではなく根拠に基づき、キリスト・イエスを信じ尽くし、聖書を信じ尽くします。
★星周作(HN)本名:馬場忠博:馬場聖書研究室★
<私は聖書の神を信頼する>
私は、命の源である天地万物の創造主である神が愛をもって私たち人間を創造してくださったと確信しています。愛である神が、天災、戦争、病などの苦難の多い人生で人間の一生を死によってすべて終わらせてしまうとは、私には考えられません。聖書に書かれている通り、神、キリスト・イエスを信じる者たちが、死後復活して神の御国において祝福の中で永遠の命を生きていくことを信じています。そのようにしてくださる神を信頼して、聖書の学びを継続します。